萩原麻友(ハギワラマユ)のブログへのご訪問ありがとうございます。
このブログでは、子育てや教育や進路に関する情報を発信しています。
いきなりですが、懺悔します。
当初この記事を書き出したときは、「中学生におすすめの英語学習方法」をテーマにするはずでした。
でも前説の段階で、どんどん話がそれてしまって本題にたどり着けなかったので、この部分を記事として独立させることにしました。
そもそも「日本人が学校以外で必死に英語をやる意味はあるのか」という話です。
なかなか本題にたどり着けないほど、私はこのテーマについて語りたかったのかと自分でもびっくりです。
結局、考えてみても、私の答えはひとつ。
「本人がやりたがらなければ、やる意味はない」です。
せっかくなのでインターネットで拾ってきたデータも付け加えてみました。
これ以上読まれる前に、私について。
私は純ジャパ家庭で育ちましたが、7歳のときにインターにいれられ、一時的に海外で学びました。日英バイリンガルです。
そんな「すでに英語ができる」私が「そもそも日本人が英語をやる意味があるのか」なんて言っても受け入れ難いと感じる方もいらっしゃるでしょう。(そういう人は回れ右)
ここから先は、「一個人がなんか言ってるわ」くらいの広い心で楽しめる方のみ、読まれることをおすすめします。
そもそも学校以外で英語をやる意味はあるのか
現代の日本では【「高い英語力がある」=将来仕事に役に立つ=必要な力】という見方が幅を利かせているように見えます。
でもそれって本当でしょうか。
確かに、ネットや出版物では「○割の社会人が仕事で英語が必要と回答」みたいな見出しをよく目にします。
たとえば、一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)が2019年に公表した「英語活用実態調査」では、ビジネスパーソンの職場での英語活用、そして企業・団体における英語活用の実態をまとめています。
企業や団体が考える「ビジネスパーソンにとって重要な知識やスキル」は、英語がITスキルを抜いています。英語と回答した企業は全体の8割超。
そして、社員・職員に「不足していて、強化したいと考えている知識やスキル」も、英語が67%でトップです。
でも実はこの調査、対象者は以下のとおり。
今回の調査対象となっているのはTOEIC® Programの団体受験を利用した企業・団体。
つまりなにがいいたいかというと、実際に英語を必要としている会社だけに「英語が必要ですか」と聞いている可能性があって、
バランスよくいろんなひとに聞いていない可能性がある、ということです。
英語教育産業、塾、教材、出版社などは、もちろんこのデータを使って一般の方の「英語やっとかなきゃ」熱を上げにかかってきます。
「英語をやっておかなきゃ」と思わせる言説を見かけたら、「誰が」言っているのか、「なぜ」言っているのか、照らし合わせながら受け取ることをおすすめします。
高い英語力って、なにができるの?
仮に「高い英語力」が仕事に必要だとして、どんな英語力が「高い英語力」なんでしょうか?
なにができたら、仕事に使えるのでしょうか。
メジャーな英語試験は、英語の4技能(リスニング、リーディング、ライティング、スピーキング)のうち2~4つを測定します。
4技能がまんべんなくできたほうが、点も取りやすい構造です。
でも実際の仕事現場では、必要とされる技能に偏りがあったり、レベル感や頻度も異なります。
株式会社アルクが2020年6月に公表した「アルク英語教育実態レポート(日本の仕事現場における英語使用実態調査)」はとてもわかりやすい。
この調査の対象者は、以下をすべて満たす679名です。
- 20~59 歳の男女有職者(契約社員、パート・アルバイトを含む)
- 3 カ月に 1 回以上、仕事で英語を使用する人
- 民間調査会社に登録する調査モニター
対象者が英語を使用する頻度と技能は以下のとおり。
一番使用する頻度が高いのは、読み書きのようです。
英語を使用する業務の詳細もあります。
英語を読んで理解し、英語で質問や説明をすることが多いようです。
さらに、英語を使用する相手についても聞いているのも興味深い。
英語を使う相手は「非ネイティブスピーカー」の割合が多く、関係性では「取引先・顧客(BtoB)」が多い。
「対人的に使用しない」も無視できない割合なのも興味深いです。
同じ調査では、回答者の属性の近い者同士で4つのグループに分けて比較をしています。以下の3つの対照表は、同じ4つのグループの数値を表しています。
まずは、各グループの英語使用業務。
つぎに、使っている技能。
そして、強化したほうがよいと考える英語力。
グループごとに英語を使う業務、使っている技能、そして強化したい英語力にばらつきがあることが見えますでしょうか。
実はグループ1は、製造業・IT/情報通信/広告業・商社業界にお勤めの回答者の割合が他グループよりも高く、技術職や事務職が職種では多い。
グループ2も製造業・IT/情報通信/広告業界が多いものの、建設業の割合がほかグループよりも高く、職種では事務職が多い。
グループ3でも製造業・IT/情報通信/広告業が多いものの、学術研究/教育/学習支援策・医療/介護/福祉業・専門/技術サービス業の割合がほかグループよりも高く、専門職(教育/保育・IT/メディア/クリエイティブ・医療/法律/金融/その他)の職種が多い。
グループ4では突出して小売業の割合が高く、ほかに学術研究/教育/学習支援策・医療/介護/福祉業・飲食サービス・製造業も高め、業種ではサービス職・専門職・販売職が目立ちます。
業界や職種によって、要求される英語の技能やレベル感は違います。
英語から逃げる道もあるでしょうし、やりたい仕事のために泣く泣く学ぶ道もあります。
また、職場で必要な技能や知識は英語に限ったことではありません。
語学が必要だとしても、中国語や韓国語の場合もあります。
英語力をまんべんなく高めるために時間・お金・精神力・労力をかければかけるほど、
仕事に役立つほかの技能や知識をおろそかにしてしまうことにもっと危機感があっていいのではないでしょうか。
学校の英語は役に立たないのでしょうか
学校で教えている英語は、本当に役に立たないのでしょうか。
また株式会社アルクの調査レポートを引用します。
2020年11月に公表された「NEA×アルク協同調査レポート(子どもの英語学習に関する小・中学生の保護者調査)」では、小中学生の「保護者の 7 割近くが、学校の英語授業に関して不安に思っている。」とあります。
この調査の回答者は小1~中3までの子どもがいる男女で、分析対象となった子どもの数は975人分です。
子どもを公立の小中に通わせている割合は85.4%、私立9.0%、国立4.1%です。
学校の英語授業に不安を感じている理由は以下のとおり。
「学校の授業を受けて英語が使えるようになるか」、「自分の子どもがついていけるか、子どもの実になるか」の2点がトップの関心事のようです。
レポートから考察文を引用します。
保護者が学校の英語授業へ不安を抱く理由としては、「指導内容(英語が使えるようにならない、話せるようにならないのではないかなど)」が最多で、かつ、学校外の英語授業では「聞く・話すことを中心とした、(おそらくは)より実践的な授業」を求めているという結果であった。
にもかかわらず、英語に関して子どもにどのようになってほしいかについては「志望校合格」「英語資格取得」以外にはっきりとしたイメージがないことから、「目標に照らして考えると、今の学校の授業は不安だ」「ゴールから逆算して、今、このような授業を受けさせたい」ということではなく、「子どもが英語に関してどうなるかわからないが、とりあえず受験英語よりは『使える英語(≒話して通じる英語)』を学ばせておいた方がよさそうだ、というのが保護者の状況なのかもしれない。
保護者が学校の英語授業に不満を感じているのはおよそ汲み取れます。
でも、じゃあどうしたい、という点では家庭ごとに方針や目標イメージにバラつきがあって、まとまった改善案は見込めなさそうです。
ところで、2023年3月8日に公開された文科省の中教審による『次期教育振興基本計画について(答申)』によると、日本の中学校を卒業する段階で生徒の6割以上に達成していてほしいとするのがCEFR A1。これは英検3級レベルです。
「外国語を学ぶ素地」として、これは最低限のレベル感だと私は思います。ここから英語に進んでもいいし、中国語でも国連公用語でも何語にでも無駄なく進むことができます。
同じ答申によると、日本の高校を卒業する段階で生徒の6割以上に達成していてほしいとしているのがCEFR A2。英検でいうと準2級レベルです。
ほかにも学ぶべきものがある公教育で目指す水準として、無駄がなくていいのではないでしょうか。
日本の学校英語のレベルが低いやら時間が少ないやら指導方法が古いなどの批判するときは、学校の英語教育の目標を確認したうえで、内容が目標達成に見合っているかを議論すべきなのではないでしょうか。
学校の英語教育が不十分というよりも、ただ家庭が目標とする英語力と、学校が目指す英語力が違う、というだけな気がします。
屁理屈のようですが、
たとえばピアニストになりたいひとは、学校の音楽教育は不十分だから改善せよ、といいますか?(実際そういう声があるのかもしれませんが)
数学者になりたいひとは、学校の数学教育が不十分だから充実させよ、といいますか?(これも実際そういう声があるのかもしれませんが)
こういう方々は、だいたいは自分で指導を受けられる場所や人を探して勝手に進めていくことだと思います。
それなのに、同じように全員にとって同じレベルで必要だとは決して言い切れない「高い英語力」は学校に求めるのはなぜなんでしょうか。
ひとつは、アルク社の調査考察にあったように「保護者に英語を使えている状態の具体的なイメージがない」こと。
もうひとつは、メディアや教育産業の煽りが大きいのではないかと私は感じています。
学校以外では英語をやらない、という選択肢も当然ある
そんな状況で、子どもが英語に興味を持たないのも私は当然だと思います。
だって日本で暮らす実感として、英語に必要性を感じないですもん。
「英語をやったほうがいいよ」というのは大人だけですもん。
英語に全く触れたことがない子がいきなり英語に興味を持つというのはレアだと思います。
英語に限ったことではありませんが、子どもがなにかに興味を示すとしたら、普段の生活のなかの種まきがきっかけです。
種まきといっても大げさに考える必要はなく、ふとしたことを一緒に検索してみるとか、子ども新聞を取ってみるとか、家から一歩も出なくてもできることはあります。
そうした子どもの興味を引き出す下準備なく、「将来のために英語をやっておくべきだからやる」というのは大人の押し付けでしかありません。
本人が興味を持てば、学校の外でもやらせればいいし、
興味を持てなければ、学校以外ではやらない。
もっとほかのことに時間を使えるはずです。
そりゃ、あれもこれもできるに越したことはありませんが、どこまでやれば充分か、なんてラインはありません。そして時間は有限です。
大人主導でなにかをやらせればやらせるほど「将来のために・親のために」「今を・自分の意思を」ないがしろにする子どもたちを増やしているような気がしてなりません。
「子どもが今、自分にとって必要だと感じること」を引き出し、やらせてみて、学ばせる、という考え方が私には一番しっくりきます。
「なんで子どものときにやらせてくれなかった」って言われたくない
「自分が子どものころやらせてもらえなかった(でもやりたかった、やっていたほうがよかった)ことをやらせたい」
という話もよく周りの保護者さんから聞きます。
それが「小さいうちからの英語」だったとして、
子どもに英語をやらせたら、子どもはあとから不満や未練を口にしないのでしょうか。
そんなことないです。
都市部で習い事も充実している環境で育ったお子さんが「もっとのんびりすごしてみたかった」と。
インターに通っているお子さんが「日本の学校に通ってみたかった」と。
英語をやらせても、最新の習い事をさせても、ベストな教育を与えても、文句を言う子は言います。
結局ないものねだりから不満は生まれます。
こういうことを言われたくないのであれば、英語や習い事で先手を打った気になるよりも、「足るを知る」を教えたほうが確実ではないでしょうか。
私がこんなことを書く理由
私がこんなことを書けるのも、自分がハードモードな方法でバイリンガルになったからです。
情報が少なかったインターネット前の時代では、仕方がなかったと思います。不安も不満もあったでしょうに、英断をくだした親に感謝です。
でも今は、いろんな情報にアクセスできて、いろんなツールが使えて、いろんな進路があり、あとから必要だとわかった能力も、走りながら身につけていくなり、迂回するなり、選択肢があります。
何歳からでもチャレンジできる。何度でもチャレンジできる。
それがもっと当たり前な世の中になっていかねば、していかねばと思います。
教育や子育てについていろんな記事を書いていますが、私は早期教育に熱を上げていません。
常連さんはご存知と思いますが、私は、あくまで子どもの個性を観察して、その子の良い部分を伸ばして伸ばして伸ばすことを重視しています。
子どもは途中で変わることもあります。
そのときは、支援者もその変化に合わせて方向転換をする。
一生、英語と無縁の生活でもいい。
急に英語をやりたくなってもいい。
それまでやっていた英語を突然辞めてもいい。
どんな生き方も全部マルです。
【「高い英語力がある」=将来に役に立つ=必要な力】のウラのメッセージは、
【「英語力がない」=将来詰む】です。
そんな閉塞的な将来像を私は子どもに渡したくはありません。
夢を見すぎでしょうか。
どうせ広めるなら、
「○○力がなくても、生きていくことができる。じゃあどうやって生きていきたい?」と一緒に考えていけるようなメッセージを広めたいです。
子どもが自分の人生を切り拓く力を奪わず、もっと信じて託したいのです。